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『伊藤智仁 幸運な男 悲運のエースの幸福な人生』の感想

by て.いとう

いよいよ、智さんにとって初めての書籍となる、『伊藤智仁「幸運な男」悲運のエースの幸福な人生』(著・長谷川晶一)の発売日がやってきた。智さんの退任報道を受けて、発売が延期になった経緯もあり、出版決定と聞いてから発売日までがとても長く感じられた。

せっかくなので、昼下がりに神保町へ行く。

僕の高校はこの辺りにあって、当時はよく学校から御茶ノ水まで歩いた。こういう環境だったから、本好きに拍車がかかったし、ビリヤードも覚えることができた。水道橋から御茶ノ水や秋葉原までの道は、いまでも当時と変わらない景色で、青春が詰まってる。

書泉グランデ。

神保町で本といえば、三省堂が大正義かもしれないが、僕は書泉グランデが好きだ。岩本町の書泉ブックタワーにもよく行ったし、サブカルの発信基地だったブックマートがなくなったときは残念だった。

よく、「東京の子は恵まれている」と言われる。実際に、言われたこともある。こうした神保町の大型書店に行くと、様々な書籍に出会えるし、それに伴ったイベントなどの情報もどんどん入ってくる。ネットがなかった時代、新刊と新刊の脇からにゅっとのびた無数のPOPを目にする度に、確かに「東京の子は恵まれている」と、よく思った。

よく売れるのだろう…尋常じゃないほど並べられたドギツイ赤のカープ本を押しのけて、神宮球場の鮮やかな青を背景にニッコリ微笑む智さんの本が並んでいる。かっこいいぜ。

第3章までは、出版元であるインプレス社のキャンペーンで読むことができたので、第4章から読み進める。

少しでも「伊藤智仁」の名前があれば、雑誌を買い続けてきたファン人生。この本は、400ページ近くも、「伊藤智仁」だけを語っている。なんという本だ!

興奮して読み進めていると、あることに気が付いた。自慢じゃないが、僕は本を綺麗に読むことができない。文庫本は買った瞬間にカバーを捨ててしまうし、気になるページは平気で角を折り曲げる。ボールペンで線を引いたり、自分の考えを書き込んだりもする。だけど、きょう買ったこの本は、後にサインしてもらえることを思い出した。やってしまった。サイン会で汚い本を差し出すバカがいたら、きっとそれは僕です。ごめんよ、智さん。ついでにさっきコーヒーのシミも付いた。

ここからがちゃんとした感想

まず、やはり400ページでは足りなかった。最低でも800ページ…いや、いっそ三部作でも良かった。きっと作者の長谷川晶一さんや編集者も同じ想いだろう。泣く泣く削った部分がたくさんあったのだろうなと思う。

発売が決まったとき、この本には、自分が知らない伊藤智仁がどれだけ描かれているのかというところに期待していた。そのなかで最も嬉しかったのは、2004年、育成コーチをしながらも密かに現役復帰を考えていた智さんが、「完全燃焼した」と自覚して引退を決意したところだ。本人の言葉で聞けてよかった。いや、もちろん、それが本当の本心かどうかは分からないけれど、それでもなんだかホッとした。

それから、本書で語られてる大きなテーマは「伊藤智仁は、悲運のエースか否か」というところだ。個人的には、やはり伊藤智仁は「悲運のエース」だと思う。なぜなら、伊藤智仁はスターだから。野球に限らず、芸能でも歌手でも、スターと呼ばれる人に実像はない。スターとは、世間が抱く勝手なイメージそのもの。世間が「悲運のエース」と思っているのだから、実際の智さんがどうであれ、伊藤智仁は「悲運のエース」なんだと思う。ご本人は、それを涼しい顔で受け入れてるようだ。

でも、人間である伊藤智仁さんが「幸運な男」なのは、間違いない。本書で、とにかく面白かったのは、普段語られることがない、妻・泉さんとの関係だ。泉さんは、野球にまるで関心がなく、野球のことを智さんに聞かないらしい。そこそこのモデルやタレントが野球選手と結婚した瞬間に、アスリートフードマイスターの資格を取るほど勉強しちゃうような、なんとも言えない感じがまるでない。智さんの奥さんは、この人じゃないと務まらないね。それに、「幸運な男」って意味では、一度も移籍や引退後の空白期間無く25年間も同一球団で選手・コーチとして続けられる人なんてまずいないし、本書でも言及されているけれど、そもそも生涯成績37勝27敗25セーブの投手が、引退から10年以上経過した後に、こんな立派な書籍で語られるなんて、ほとんど例がないんじゃないだろうか。

それが例え「悲運のエース」という憂いを帯びたものだったとしても、何かしらの二つ名が世間から与えられること自体が、「幸運な男」の証。

伊藤智仁という選手にプロ野球ファンが魅了されるのは、その刹那的な輝きに「もののあはれ」を見るからだ。

栄華を極めた平安時代の貴族たちは、自らの優雅な生活や、若さが永遠に続かないことを憂い、和歌などで詠んだ。智さんがヤクルトで最高のピッチングをした僅かな時間。それが永遠に続かないという事実に、平安時代からずっと日本人が魅了され続ける、美徳理念がある。それが、「もののあはれ」。仮に、智さんが怪我をしなくても、いつかは力が衰えて現役を引退する日が来ただろう。智さんの言うとおり、攻略されて打ち込まれていたかもしれない。それが、絶頂期での故障によって、凝縮され、まばゆいきらめきになった。

ファンとして気になるのは「今後について」の部分だ。退任報道を受けて、わざわざ発売を延期したのは、「最後の一日」を加筆するのと同時に、その部分に言及したかったからだろう。智さんは、ヤクルト球団に残ることを固辞し、いまは自由の身だ。監督就任に対する熱意はないが、ヤクルトや日本に限らず色々な野球を観たいと語っていた。今年退任した真中監督も同じようなことを言っいたのを思い出す。二人共25年もの間、ヤクルトで選手・指導者としてやってきた。野球に携わりつつも、見聞を広げたい気持ちは一緒なのだろう。

詳しくは書けないが、ある人から、今シーズンの智さんは凄まじいストレスを感じながら投手コーチを務めていたという話を聞いた。僕は、ただのいちファンだけど、投手コーチのチーフ格になった今シーズンは常に胃が痛かった。散々、批判の声も聞いた。退任報道を聞いたときは、寂しいとか残念とかっていう気持ちよりも、肩の荷が下りたような、ホッとした気持ちになった。2017年というのはそういうシーズンだった。

現在のご本人の心境を知ることができたのはよかった。よかったけど、やっぱり智さんには、いつか監督をやって欲しい。また胃が痛くなってもいいから。監督をするなら、もちろんヤクルトがいい。もしくは、日本代表でもいい。智さんはバルセロナ五輪の銅メダリストだから、日本代表のOBでもあるのだし。

本書でも、今年発売された雑誌のインタビューでも「監督はやりたくない」と言っていた。でも、僕はやって欲しいと思ってる。なぜなら、僕はただのファンだから。ファンというのは、勝手な生き物なので。

僕は、智さんの背番号は「20」が好きだ。本書のなかで、智さんは「21」が好きだし、最初から「21」がよかったと語っていたけれど、ご本人がどうであれ、僕は「20」が好き。コーチ時代の「84」は「21」を4倍にした数字で、ちゃんと意味がある。それくらい、こだわりがあるのかもしれないけれど、僕は勝手に「20」が好きなんだ。ファンは勝手にできるから、無責任でいい。そういうわけで、監督をやってほしい。いつか。

まあ、そうは言っても、しばらくは好きなことをして欲しいし、あちこち行って見聞を広げるのもいいだろう。そういった活動は、きっと智さんの財産になるはずだ。野球解説者なんていう枠に囚われず、色々なことにチャレンジして欲しい。

本書を読んで、智さんの歴史のおさらいができたし、初めて知ることもたくさんあった。伊藤智仁という人を全く知らなくても楽しめるだろうし、ヤクルトファンじゃなくても野球ファンみんなにお勧めできる。

それにしても、伊藤智仁という野球人は、プロ中のプロなのだなと読了した今、改めて感じる。全盛期の栄光に縋ることも、登板過多による怪我を悔やむこともなく、現役や25年のヤクルト人生「最後の一日」も特別な感傷には浸らない。「26年目の契約を結ばなかっただけ」とさらりと語る。おそらく、智さんは過去にあんまり興味がない。昔、ルーキー時代のユニフォームを着た僕を見たときも「これ何年の?」と言っていた。念願のプロになって、初めて袖を通した自分のユニフォームですら覚えていないのだから。

智さんは瞬間瞬間を生きている。遠い過去にも未来にも興味がない。だから、人は魅了される。

智さんの性格だから、敢えて語らなかったことや、真実とはちょっと違うことを言ったりもした部分があるっていうのは、ファンだからなんとなく分かる。具体的にどの部分が、ということではなくて、分かるんだ。でも、いいんだ。この本は、それでも十分に面白いし、なにより、これはあくまで、伊藤智仁の「最初の本」なんだから。

そういえば、ドラフト同期入団で25年間もヤクルトで一緒に苦楽を共にしてきた仲良しの真中が一回も出てこないのが、いかにも真中らしくて笑っちゃう。もちろん、執筆当時は現役の監督だったから取材対応できなかったのは分かるけど、なんとも真中らしい。「おい!オレにもトモを語らせろよ!」という真中の叫びが聞こえてくるね。うふふ。

とにかく、幸せな371ページでした。


て.いとう
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